PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ちょっとまじめな話

手術後の変化というか。

よきにはからうにゃ


ジーゼの左手が乗っかってるのは私の足である。
元々ネーロの方は寝る時は私の足(限りなく股に近いところ)の間に潜り込んで寝る事が多かったが、ジーゼはどちらかというとスキンシップ好きとは言えない方だった。
(ケダモノに無理やり力で押し切られて抱かれてはいたが)
それがうたた寝の時でもこうして擦り寄って来るというか人間様の足を枕や肘掛にしに来ることが多くなったし、一日一度はお腹を見せての『ごろにゃんタイム』があるようになった。

ごろにゃたいむ


ねこのお腹を見せてのごろにゃは最高にリラックスしている証拠である。
決して痛くなかったわけでも怖くなかったわけでもなかろう手術で彼らが我々人間に「不信感」を持つのではないかといささか危惧していたのだが、むしろ術後の方が安心して甘えるしぐさを見せるようになったように思う。
となれば、ますます

愛しさMAX!

かわいさMAX!

ねこボケ度はさらに加速しまくっているわけだが…。


切なさも、急上昇しているように思う。


彼らが生まれたのは恐らく秋。
そして、捨てられたのは11~12月頃ではないかと思う。
ダンボールの中とはいえ、雪の中だったのではないだろうか。
人懐こさからいっても、離乳くらいまではちゃんと養われ、捨てられてすぐに拾われたのではないかと思うのだが、それにしても真冬の北海道でわずか2~3ヶ月の子猫が無事に自力で育っていけるとはとても思えない。

この子達にめぐり合ってから、猫ブログやら猫本やら猫サイトやらを見る機会が多くなったが、そうすると虐待だの捨て猫だの病気や障害の猫の話をいやでも見聞きする。
「いやでも見聞きしてしまう」ほど、そんな話は多いのだ。

悪さもいたずらもするが、人の体へ自分の身体を寄せて無心に眠るこの子達を見ると、あの時拾われなければどうなっていたんだろうと考え、そうすると柄にもなく視界がぼやけそうになったりする。

なーに?


捨て猫の全てが虐待を目的にされたわけでもないだろうし、捨てる方にしても、保健所へ届ければ待っているのはほぼ100%「死」であろうから、せめて「ノラ」としてでも生きて行ってくれれば…との気持ちがあったのかもしれない。

我家にしてみても彼らの生を全うしてやれるなんて、自信があるわけじゃない。
だけど、この子達が一歩間違えたら今この世にいられなかったのかもしれないと思うと、胸が痛んでしょうがないのだ。

数10万もする高級なペットを買うのが悪いとは言わない。
私ももしそんなお金があったら、「ロシアンブルー」がいいなと思っていたのだし。
言い訳は色々あるが、病気持ちの子は「いらない」と思ったのも本当だし、「ぶちゃいくな子だったらやだな」と思ったのもうそじゃない。
私の愛情などその程度のものだ。

それでも、年に数10万頭も殺処分されてしまう捨て猫たちのうちのたった二つだけど、救ってやれたのだろうか?

なめっこ


いつか来る別れの時まで、彼らが安心してこうしていられるようにできたらいいのだけれど。
そんな気持ちで捨てペット撲滅のリンクを貼ってみました。
PCからご覧の方はリンクから飛んでみてください。
スポンサーサイト

| ねこズ | 23:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

なーに?の2ショットがめんこい!!!

最近にゃんこ党のぱーこでございますが
のらにゃんの事もしばし考えます
ママさんの愛情、ちゃぁんと届いてるし
小さな命をつなげたってぱーこは思うなり

| ぱーこ | 2008/05/07 22:51 | URL | ≫ EDIT

「生きているだけで幸せだ」なんて、安易に言っていい言葉じゃないよね。
人間はかれらを「野生」ではなくしてしまったんだし、かれらには人のように「死」へ逃げるという選択肢はないんだから。
愛玩「物」じゃなく、ちゃんと生命として愛してあげられてたらいいんだけどねー。

| todo | 2008/05/08 00:31 | URL |















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。